ちょっと今回は、いつか書いておきたいなと思っていたフジロックのことと、最近思っていることをぐだぐだと書いておこうと思います。
コーヒーにはあまり関係ないです。
ロックフェスが中止になる時代
少し前に「ROCK IN JAPAN FESTIVAL2021が中止になった」というニュースがありましたね。自治体からの「今後、新コロナの蔓延状況が拡大しそうだったらそのときは中止を検討してね。実施するとしても万全を期してね。」というイッタヨアトハヨロシク的な要請を受けてのことです。開催直前で中止にするぐらいであれば今中止を決断するしかない、と運営側が判断し中止になったと。
やるにしてもやらないにしても責任は自分たちで持ってねという自治体からのメッセージは、ロックの対極にあるような最高に格好の悪い態度ですが、自治体も嫌がらせをしているわけではないですし、そもそも格好つけている場合ではないわけで、ほとんど仕方がないことだよなと個人的には思います。
フジロック
我が家のロックフェスへの参戦歴は、第1回のフジロックまでさかのぼります。大型台風の直撃により二日目は中止になった伝説の (って参戦したやつだけが言っていそうな) 富士天神山ですね。
友人4人と、その後結婚することになる今の奥さんと、あと自分と。当時みな22〜23歳でした。
当時、日本にはまだロックフェスはほとんどなくて、「海外では何万人も集めてやってていいよなー。うらやましいわー。」とロッキンオン読みながら言ってたんですね。
そんな暇を持て余したアホ大学生たちの耳に「フジロックというのが富士の麓でやるらしい」というニュースが入ってきたんですよ。
一緒に行った友人は、ニュースを聞きつけた我々が「俺らはこのために生まれてきたんだ!」と叫びあったことを覚えているらしいが、たしかに自分も言いましたね。思い出した。
そう。それぐらいうれしかったのをはっきりと覚えてます。
ロック好きなやつらがみんな集まるから、山の中という異空間ではしゃいでいいぜ、と20歳そこそこのアホどもに渡したら、そりゃ浮かれ倒しますよね。
我々は浮かれましたよ。
ロックフェスに行くための準備やら知識なんかなんにも無いけど、とにかくチケットを買って、一応着替えだけは持っていって。あとゴミ袋は役に立ちそうだからとゴミ袋だけ持って。
そして、これは自分の人生の中でも数少ない自慢的なエピソードなんですが、あの日、あの暴風雨の天神山のなかで、我々は「生後数週間くらいの子猫2匹」を連れていたんですよ。
信じられます?
第1回のフジロックで「子猫を連れてたやつ」って俺らだけじゃないかな。
「雨で寒くて死にそうになった」とか「レイジが最高だった」とかのエピソードは聞きますが、「猫をつれてた」は無いね。聞いたこと無い。
フジロックに行く数日前に、通りかかった近所の駐車場でか細い鳴き声が聞こえて。見ると、生まれて数日くらいだろう子猫がいてですね。拾って帰ったんですね。2匹。
そしてフジロックの日が近づいて、一応預かってもらえそうなところを探しはしたんですよ。ですが、まだ小さすぎて病院もペットホテルにも断られたんですね。死ぬ可能性が結構あるから責任持てないと。
結局預かってもらえる施設は探せず、もうしようがない、連れて行こうと。こんなようなかごに入れて首から下げて。
この後、大型台風の暴風雨で全身凍えて死にそうになることも知らずに。連れて行ったほうが猫死ぬわ。
我々は、電車で行ったんですね。早朝出発して、最寄りの河口湖駅に到着したのが7時とか8時とかでしょうか。
駅前のロータリーに出ると、シャトルバスを待つ長蛇の列。
「うわーこんなの待つの絶対いやだわー」と、あの時誰が言ったのかな。俺かな。とにかくバスなんか待ってられない、もう歩いて行こうぜ、とほぼノリで決めて歩きだしたんですね。
そう、あの判断が間違い。あの時、我々6人はバスを待たずに駅から会場まで歩きを選んだんです。他にもちらほら同じように歩いている人たちがいたけども、全員後悔したはず。
最初は雨は降ってなくてただただ浮かれて歩いてましたが、そのうち雨が降りはじめて、「あ、雨具とか持ってないや」とそこで気づくんですね。遅いわ。
「そういやゴミ袋はある」と気づいて、ゴミ袋に穴開けてかぶることで一時しのぎして。
猫だけは絶対に濡らしちゃだめだからと猫のかごを集中的に雨を避けながら。
歩きましたよ。山道を。
延々。
何時間歩いたんだっけな。たぶん7〜8時間。
山道を、雨具もなく、子猫2匹をかばいながら、雨に濡れ続けて8時間。
足の疲れもあったけど、とにかく「寒さ」がつらかったなー。
会場に着いたとき、おそらくFoo Fightersが演奏してたはずなんですが、どんな演奏だったかもう忘れてしまいました。
雨はどしゃぶり、地面がぐっちゃぐっちゃ。どこかで拾ってきたブルーシートで猫をかばって震えている、というシーンばかり覚えてます。
あと、Rage Against The Machineの演奏が始まって「あー、レイジ最高だな」と思いながら、「でもこんな爆音じゃ猫はびっくりするだろうな」と思ってカゴの中をのぞいたら、2匹ともすやすや寝てて驚いたのをはっきりと覚えている。爆音、重低音のなか、なにごともないようにすやすやと。そのカゴの中の光景が第1回フジロックで一番覚えていることです。寒さでおかしくなりながらも「猫ってロックフェスの爆音の中でも寝るんだなー」と。
その後、最後のレッチリはほぼ観ずに宿へ向かいました。寒すぎたので。
宿に向かうバスを待つときがまた寒かったな。。
第1回のフジロックのことを語る人はみな「死ぬかと思った」と言うんですが、全く同じ感想です。「寒くて死ぬかと思った」が、第1回のフジロックの全てだと思います。
ちなみに第2回のフジも行きました。
そしてその後、会場が苗場に移ってからも飛び飛びですが行きました。長男は生後10ヶ月のとき、長女は生後1年と3ヶ月のときにも連れて行きました。
土砂降りの中、立ちながらおむつ替えるのは難しかった。The Shinsを観ながらホワイトステージで。
コーヒー
すこしコーヒーと関連させてこじつけると、自分がいまやっているコーヒーの木の栽培は、フェスに行くことに似ていると思うことがあります。
山の中で雨に濡れたりぐちゃぐちゃになるけど、音楽を浴びながらうまいもん食ったり飲んだりして、あー今この瞬間最高だなと感じる。それが好きだわーというやつらが集まっている状態。
ロックフェスに行ったことがある人ならわかると思いますが、会場に近づくに連れて遠くからうっすら低音が聞こえてきますよね。あっちの方向にワクワクするどでかいものがあるぞと。その方向に同じように惹きつけられてきたやつらがワラワラと集まってきていて、進んでいくんですね。
それはロックフェスの文化です。会場に近づくほどに、自分がその文化の一部になれていることを実感し、それがうれしいし、そのことにはしゃぐわけです。
県内には他にもコーヒー農園をつくろうとはしゃいでいる人たちが多くいて、自分の取組を応援してくれている人もいます。
ここ数年、国産コーヒーの話題が少しずつ耳にするようになってきていて、静かにざわついてきているように感じます。遠くから重低音が聞こえてくるようです。
その先に何があるのかなんてまるでわからないのですが、なんだかいい予感はします。同じような価値観をもったやつらと、面白がって、この文化の一部になって一緒に楽しんで行きたいわけです。
絶やしたくない
こじつけの話はここまでで、言いたいのは、そういう自分が大事にしてきた、もしくは大事にされてきた文化を絶やしたくないし、自分もそんなものを作っていきたいんだなー、ということをフェス中止のニュースを聞いてあらためて感じたので書いておきました。
今年のフジロックのラインナップ、素晴らしいですね。フジでDYGL観たい。フジロックに行けるかまだわかりませんが、絶やしたくないのでまずはグッズ買って応援します。